食べ物の好き嫌いは親のせいじゃない!急に食べなくなったこどもの偏食への対応は?

こんにちは!保育士ブロガーのリサです。

今日は、こどもの食べ物の好き嫌いに悩んでいるママが、「それならまあいっか!!」と、少しでも気楽にこどもとの食事を楽しめるようになれたらいいなと思ってまとめました!

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まずはこどもの好き嫌いと、こどものために悩んでいるこども想いのママに拍手!

こどもが好き嫌いするようになるのは、決してママのせいでも、こどものせいでもなく、どうしようもない理由がいくつかあるんですね。

 

ひとつめは、本能的なこと。

腐ったものは酸味がする。毒のあるものは苦味がする。

 

それを本能的に察知する能力が人間にはあって、本能的に酸味や苦味を感じる食べ物は嫌がるようにできているようなんですね。

そして、人間の舌の表面にある「味蕾(みらい)」と呼ばれる、ぶつぶつとした器官があって、味蕾で味をキャッチすると、味覚神経を介して脳に信号が送られて味を感知するらしいんですね。

大人になるにつれて、味蕾の数は減少して、味覚も鈍感になっていくようで、大人が「全然苦くないよ!美味しいよ!」と言っても、こどものスーパーテイスター並みの味覚では「苦い!!!いやだ!!!!」と感じていることも多いようです。

なので、ピーマン(苦味)やトマト(酸味)などなど、こどもが本能的に食べにくい食材がある。味覚が鈍感になれば食べられるようになるか!と思ってもいいんじゃないかなと思っています。

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なんでも食べていたのになんで急に食べなくなるの?

よく言われているのは、自我が芽生えること(イヤイヤ期ですね。)によって、食べ物の好みを主張するようになったこと。

食事をしたときの「気持ち」「環境」「体調」すべてが関連付けされて、脳にインプットするらしいんですね。

野菜そのものの味や料理の方法ではなくて、その時食べた野菜をすごく楽しく良いイメージで食べた記憶が刻み込まれているか、そうでないかによって、それ以降のその野菜に対する食べる意欲が変わってくるということです。

「友達と一緒に食べたら楽しかった」

「自分で育てて収穫するのが楽しかった」

「自分で料理してみんなが美味しいといって食べてくれたのがうれしかった」などなど。

野菜そのものの味だけでなく、その野菜を食べた時の経験によって「食べたい」「食べたくない」を選んで主張するようになるのが、2~3歳のこどもたちなんですね。

そして、大人は「ピーマン」とか「トマト」は、安全なもの。

こんな形のもの。

こんな味がするもの。

と、具体的にイメージがありますが、こどもってないんですよね。

「これ。何!!??苦い!!!!」

と、こんな心境なわけですね。(笑)

なので、調理する前のピーマンに触ってみて、

「緑色だね。つるつるしてるね。頭(てっぺん)はこんな形だね。お尻(下の方)はこんな形だね。切ってみよっか!あ!種があるね・・」などなど。

こどもの抵抗を少しでもなくすために、一緒に野菜にふれたり観察したりするのも「楽しい経験」のひとつになると思います。

大人でも食べるのに抵抗がある食べ物ってありますよね

イナゴの佃煮とか。

外国では当たり前に食べているという昆虫とか。

わたしは初めて見ていきなり「美味しいから一口食べてみて!好き嫌いはだめよ。ほら、一口食べたらハンバーグが食べられるよ!」

なーんて言われても、わたしは抵抗があって食べられないと思うんです。(イナゴの佃煮や昆虫食が好きな方はすみません。)

でも、姿形がないくらい粉々になって、ハンバーグに紛れ込んでいたら、知らずに食べちゃうとは思います。

それくらい、食べられる人からしたら理解できないけど、食べられないとか初めて口にする人からしたら見た目が与える影響が大きいということだと思うんですよね。

こどもの好き嫌いも「すぐには食べられなくても、仕方がないかも。」と思う気がするのです。

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なぜその食材を食べさせたいのかを考えてみたい

「野菜を食べない」で悩むママは多くて、私もかつてはその一人だったんだけど、なんでその野菜を食べさせたいのかを考えてみたんですよね。

わたしは、「好き嫌いしないほうが栄養が偏らなくて健康でいられると思うから食べてほしい」という思いだったんですね。

それだとしたら、野菜をなんでも食べなくても、食べられる野菜とか、野菜ゼリーとか野菜ジュースとかでカバーできるんだったら、OKじゃないか!!と思ったんですね。

でもはじめは、うーん。なんかOKじゃない気がする。と思ったんです。

でも、「そのOKじゃない気がする」という違和感。

なぜ栄養的にはOKなのに、OKじゃない気がするんだろう。って思ったんです。

きっと、私の奥底には「野菜で栄養を取ることが素晴らしい」とか「好き嫌いをしないのは偉い」とかそんな価値観が眠ってたのかなって気づいたんです。

日本の大勢の人がそれを「正しい」「素晴らしい」「良い子」なんて意味づけているから、わたしもその価値観に影響されてるだけで、本当はそれが正しいかどうか、素晴らしいかどうか、良い子かどうかなんて決まってないんですよね。(わかりにくいですかね。またこのあたりについては別記事でまとめます。)

要するに、スピリチュアル的に解釈すると、世の中「正しい」っていうことは本当は存在しないということ。すべては、ただの出来事なんですよね。

「トマトを食べない」

「トマトを食べる」

ただそれだけなんです。本当は。ただその事実だけ。

でも、そこに「トマトを食べないだなんて、好き嫌いをするのはいけない」「こどもなのにトマトを食べられて偉いね。すごいね。」と、どんどん肉付けされていって、価値観がつくられていって、あたかも「常識」とか「非常識」とか「正しさ」みたいになってしまってるんですよね。

「からあげが好き!」「お肉ばっかり食べる!」って言ったら、「すごいね!!」って言われない。

きっと「お肉ばっかり食べてないで野菜も食べなさい。」って言われちゃう。

なんで野菜の時だけすごいの?なんで野菜はいくら食べても叱られないの?

野菜を食べた時のように、

「すごいね!頑張ったね!からあげ食べられて偉いね!」「からあげいっぱい食べるんだ。いいね!」でよくないかな?

なんで野菜の時だけ、すごいの?と疑問すら湧いてくる。

「野菜食べたらからあげおかわり入れてあげる」ってなんで、からあげ>野菜 なのかな。

からあげ食べても野菜食べても、かける言葉は一緒でいいじゃない!って思う^^

「野菜を食べる子はいいこ」とか「野菜を食べない子、好き嫌いをする子はわがまま」とか、そこから「ママがわがままを認めているからだ。食べられるようにするのがママの役目だ」みたいな風潮があるわけですよ。

大丈夫! THE 気にしなーーーーーーーい!!!!!(笑)

もちろん、栄養素的に肉と野菜は違うとは思うんですよ。

野菜の方がビタミンとか食物繊維とか豊富だと言われているし。

でも、すべての野菜を食べられなくてもいいですよね。

果物でもジュースでも、食べさせたい栄養素がある程度何かしらで網羅されてたらOKじゃないかな。

そんなわけで、野菜を食べたら偉いという風潮に異議あり!!という話でした(*^^*)

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